遙遠近景 - A distant foreground -

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statement

その特徴的な佇まいから、檳榔西施は台湾の檳榔文化の独自性を象徴するものとして祀り上げられ、表現やゴシップのテーマとして幾度も取り上げられてきた。しかしそこではもっぱら「ガラス張りのまばゆいブース」「蠱惑的な媚態」といった外見のエキゾチックさが強調され、彼女たちのひとりひとりについて語られることはない。
そしてこういった情報が反復して消費されることにより、いつしか「檳榔西施とは、道端で肌を露にして、長距離トラックの運転手相手の商売をする低所得層の若年女性」というステレオタイプな認識が固定され、人々は実際を検証しないままにその認識を不変のものとしてゆく。

かく言う私自身も同様の認識を抱いていた一人であり、初めて台湾を訪れた際に出会った檳榔西施たちの実態と、私が抱いていた先入観の落差は衝撃的なものであった。
「10代後半から20代前半の低所得層の女性」とひとくくりにするにはあまりにも様々な経歴を持つ多様な年齢の女性が、各々の理由から檳榔西施という職を選び、そこに立ち寄る人々も巷間言われる「長距離トラックの運転手」とは限らず、多種多様な市井の人々が日常的に彼女たちの元を訪れている様を目にしたとき、檳榔西施として働いている女性は一体どのような人物で、どのような日常を過ごし、そこでどんな役割を担っているのかを知りたいという強い思いに駆られることとなった。

私と貴方、貴方の隣にいる誰かがそれぞれに異なる人生を生きているのと同様、私の被写体となってくれた女性のありようがすべての檳榔西施を普遍的に代表することはない。そして檳榔西施は時代、時代と呼ぶにはあまりにも短い一瞬の間にその姿を変容させる。よって私の計9年間の取材が「檳榔西施とは何者なのか」という問いに究極的な回答を与えることもない。しかし私の写真を観た後で、もし貴方が今まで抱いていた先入観を超えて「檳榔西施とは何者なのか」ということに少しでも考えを巡らせるかもしれないならば、この写真にも果たしうる一定の役割があったと言えるだろう。

Concept

檳榔西施を題材とした先行する表現物や報道の多くが取りこぼしてきた ―または切り捨ててきた― もの、すなわち一個人としての檳榔西施を描くことが本作品の意味上のコンセプトである。
先行する表現が描かなかったものを題材とする以上、制作手法もそこに範を求めることはできず、以下のルールを制作手法上のコンセプトとして定める必要があった。

  1. 一人の檳榔西施とその周囲の人々だけを被写体とする
  2. 予め先回りして結論、描きたい絵を定め、それを描くためのピース作りとしての撮影を行わない。被写体となった檳榔西施を撮り続けた結果私が至った境地こそが結論である
  3. 「2.」を徹底するために、被写体に何かを「演じる」こと、目線やポーズ、シーンの再現を依頼しない

結果、被写体と巡り合うまでに3年、撮影にはそこからさらに6年、都合9年の期間を要した。
愚直に時間を費やして撮影することそれ自体が目的では無かった。しかし人間をひとりの個人として描くには相応の時間が必要であることは自明であったし、長期に渡った訪問の過程で、外国人である私が当初台湾に対して抱いていた異国情緒がほぼ完全に消え失せ、安直なエキゾチシズムに甘えた表現を排除しようと努められたことは、結果的に「檳榔西施をひとりの個人として描く」という当初の目的を貫徹するためには極めて有効であったと考える。

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